田丸謙二のこと
 topへ   一つもどる 


色即是空



  「色即是空、空即是色」 これは般若心経の中にある有名な言

葉でらる。 色といっても、性的なもの、或いは女の子の気の変わり

やすさを象徴したものでもない。 色とは「存在」の事である。 色即

是空と言っても虚無的なものでもない。 「存在」するもの全てがその

まま移り変わるものであり、移り変わっていくこと自体が存在そのも

のであるということである。 生命現象でも、その動きそのものが生

命であり、決して静的,に留まって、平衡的なものではない。 ダイナ

ミックそのものがすなわち生命であり、「存在」でもあり、この世の本

質なのである。



テニスと年齢



  歳をとることは誰も避けられない。 歳をとってくるに従い、眼や耳を

初めとして身体の各所が痛んで来る。 血圧も高くなってくるし、転び

易くもなるし、転ぶと骨折もし易くなる。 うっかりすることも多くなり、

物忘れも酷くなる。 他人の名前も出て来ないことがある。 心細いこ

とではあるが、避けられない現象である。 老眼鏡や補聴器のお世

話になっても、いろいろと不便になって来る。 しかし、successful 

aging life , 後ろ向きに嘆いているだけではなく、歳なりに明るい人

生を楽しく生きるには、出来るだけ老化を遅くさせるよう努めることで

はないだろうか。 毎日心がけて歩きなさい。 適当に運動をすること

です。 ビタミンやカルシウム、野菜類を採るなり、食べ物に注意しな

さい。 出来るだけ頭を使いなさい。 いろいろと言われるが、少なくと

も社会の一員として出来るだけ他人に迷惑をかけないで明るく楽しく

生きたいものである。


  テニスは楽しい紳士のスポーツである。 勝ち負けよりも、楽しくプ

レイをすることに主眼を置く。 相手が失敗したりすると、「しめた」と

喜ぶのではなく、"bad luck" つまり、「ついていなかったね」とむし

ろ相手を慰め励ますのである。 テニスをすることを通してその人の

隠し立てのない性格が自ずから現れてくる。 それだけに親しい仲

間も出来、楽しいテニスクラブのお付き合いになる。 しかし、テニス

を楽しむだけではすまなくなってくることもある。 歳と共に着実に我

ながら下手になって来るからである。 あるテニスの上手な人が言っ

ていた、85歳になると元デ杯の選手であろうが皆同じになるんです

よ、と。 元デ杯の選手と違わなくなると言って、喜んでいいことなの

か、それともその逆なのか。 兎に角それだけに、テニスをしている

と、段々にパートナーに迷惑をかけることが気になって来る。 勿論

うまくするようにそれだけ余計に気を遣って努めるのではあるが、ボ

ールがよく見えなかったり、膝が痛んだり,身体の動きが鈍くなると、

どうしても我ながらへまをすることが多くなる。 パートナーが下手を

繰り返すと、気にしないように努めながらも誰でも決して愉快なこと

ではない。 それが解かるだけに、辛いのである。 下手なりによくお

付き合いして下さる仲間にはそれだけに有り難く、帰りがけには心か

らお礼を言って別れることになる。 それだけに今日はたまたまうまく

行ったという日は、これまでになく嬉しくもなる。 未だ大丈夫らしい、

ということで。 これも老化の一つの現れである。 それだけ勝負が気

になって来るのである。 テニスの出来が自分自身の老化度の一つ

の尺度にもなるからである。 他人に迷惑をかけずに楽しく生きよう、

そしてお付き合いして下さる人達への心配りを有り難く感謝をしよう、

これは何もテニスに限ることではないのである。 

      〈2004年4月15日〉



自分は自分,他人は他人



ある本に「人間は死に向かって成長する」と言う言葉が載ってい

た。人間は歳をとるに従い肉体的に衰えて来る。しかし肉体が元気

な時には考えてもみなかった「生きると言う意味」をより深く考えるこ

とになると言う。 生きるということはどういうことなのだろうか,生ま

れて以来本当は最も大事なことを初めて死に向かいながら,考え

始めると言うのである。 

 
 誰でも何時かは死ぬと言うことが解かっている。しかし死が何時か

は訪れると言う実感は全くないままに毎日を暮らしている。特に若い

時期には自分が歳を取ったらどういうことになるだろうか、など考え

てもみないものである。 と言うよりも,本当は考えても解からないも

のなのである。ただ多くの他人を見ていてその様子から自分も例外

ではあり得ないだろう,と想像するのである。人それぞれの一般論を

基にして自分を想像するだけであるだけに,だから自分の死を切実

には意識しないで毎日を暮らせるのであり,そのことは一面では幸

せなことでもある。 全て確率的に残りの寿命はあと何年と言うこと

を言われてみても、その何年と言う数字も,何才になってもゼロには

ならない。 寿命は全て神様だけがご存知なのである,と言うことに

なっているのである。神様を信じていれば,悪いようにはなさらない,

そう信じて生きるのである。 その意味でも人間の弱い立場として頼

れるもの,神様、が古来必要になって来る。

 
 最近90歳になったMさんから、もうテニスをすることが出来なくなっ

たので,テニスクラブを辞めさせてくれ,長い間お世話になった、と言

うご挨拶状が届き,クラブの皆で、記念の寄せ書きをして上げること

になった。テニスが出来なくても,どうか遠慮なくクラブに顔を出して

下さい,と言うのも幾つかあったが、私も90才まで元気にテニスがで

きることを願っています,Mさんはお幸せでした,と言う書き込みもあ

った。しかしこれも、それを書いている当人にとっても90歳までテニス

ができるかどうか,どのようにして出来なくなるのか,その実感は全

然ないけれども、多くの人を見ていて自分もそこまで行けたらいいな

と言うことなのである。人間は誰でも必ず歳をとって行くものである

が,歳をとってみないと、歳をとる実感は生まれて来ないものであ

る。死の問題だけでなく,歳をとって行く将来像自体を描くことも出来

ないのである。それは元気で病気などしたこともない人が病人の苦し

みが解からないのに似ている。 苦しいだろうな,とは思っても実感

が伴わないのである。自分は他人とは別なのである。自分で経験を

したことのないことは本当には解からないのである。死ぬことも同じ

である。

 
 あの人はアルツハイマーになった,あの人は転んで骨折をした

そうだ。 皆客観的には解かることであリ,一般論として将来は自分

も何れ例外ではあり得ないだろうと言うことはぼんやりと意識はされ

ても,いざ自分が転び易くなったり,ましてやアルツハイマーになるな

ど言うことは実感があるはずがない。 飽くまでも自分は自分,他人

は他人なのである。しかし歳をとるに従ってその非可逆過程としての

老化の実感が着実に募って来る。死に向かって初めて生きることの

意味が文字通り「身にしみて」解かり始めて来るのである。少なくとも

解かり始めて来たような感じを持つことになる。

  (2004年4月10日)



追記:養老猛司さんの「死の壁」という本がこれを書いた直後に出版

された。 その前に出された「バカの壁}の続きであるということであ

るが、その中に次の言葉がある。  『「俺は俺」「私は私」という思い

込みを打ち破ることはかなり難しい。 常に変わらない自分が、死ぬ

まで一貫して存在していると思い込みが多くの日本人の前提になっ

ています』、『現代人にとって「死」は実在ではなくなってきている。 

『現代人は自分が死なないと考えると同時に死を遠ざけてきました。

・・それは派出所の看板が象徴的です。 「昨日の交通事故死者一

名」数字が書いてあるだけです。 そこではアカの他人の死を単なる

数字に置きかえてしまっているのです』、『都市化によって人と人と

の距離が離れていくと、相手が何ものかがよくわからない。 より「三

人称の死」にちかくなります』

 
 「死の壁」の本からのこの勝手な抜書きを通してもわかるように、そ

の本質の一つとして、現代人にとって、大体「死」というものは正に

「自分は自分、他人は他人」なのである、ということである。 養老さ

んの本を読む前に、全くそのようなことは全然知らずに、私自身で一

ヶ月近く前に別個に私のホームページの中に「死」というものについ

て書いた。 その題が正に「自分は自分、他人は他人」ということで、

私なりに勝手につけた題が、「死の壁」の中に全く同じような言葉と

内容として現れて来たのである。 全くたまたまのことではあるが、

勝手にそういう題をつけて書いた私の個人的な感じ方と養老さんの

考える内容との間に、何処かに共通な視点があることがわかった、

という意味で興味深く読ませてもらった。   (2004年5月3日)







西方浄土



  私は中国の敦煌に二度訪問した。 シルクロードの途中、砂漠の

中のオアシスに昔は千以上もあったそうであるが,今でもその半分近

く沢山の洞窟が残っており,その一つ一つに仏像があったり,壁画が

描いてある。五世紀前半頃からの仏像はインドの飾りなどを着けたも

のから始まって,時代時代によって様々な仏像があり、絵などが描か

れている。中には惚れ惚れするような、如何にも素朴で暖かい感じの

仏像も少なくない。亡くなった家内によく似た美しい仏像の前にしばし

釘付けにもなったものである。壁画には極楽浄土である「西方浄土」

の想像図など仏教に関連したいろいろの絵が描いてある。「西方浄

土」にしても、その描かれた頃の生活に基づいて西方浄土が描かれ

ている。その時代の服装を身につけ,美しい花が溢れるほどに彩ら

れた中で,美味しそうなご馳走を囲み,空には天女が舞っている図

もある。それぞれの時代の特徴的な様子が描かれていて面白い。

「西方浄土」と言う、このような素晴らしい場所が自分を待ち受けてい

る、思うだけでも、死を恐れるだけでなく、生きる上での明るい夢を与

えてくれるのである。しかしそれを見ながら,ふと思ったのだが,現在の

人たちが「西方浄土」を描くとしたら,どんなものを描くのだろうか,まさ

かコンピュータのある図ではないだろうし,むしろ現在では,昔それな

りに抱いていた貴重な夢がすっかり消え失せてしまって,考えもしな

いことになってしまったのではないだろうか,ということである。   

 
 中国では生きている期間よりも死んでからの方が長い,と言うこ

とで,皇帝になると先ず居心地のよい立派なお墓を作る。西安にある

有名な兵馬ヨウなど7000もの兵士像、100余りの戦車などもあるだけ

でなく,コメディアンまで作らせている。死後退屈しないようにである。

秦の始皇帝は70万人の労力を動員して王墓の工事を行なったと言

われている。しかし皇帝の中には立派な墓を作ると必ず盗掘があると

言うので,後で解からないように、地下深く墓を作って,その工事に関

わった人は全部殺して秘密を守ったと言う話さえある。北京郊外の明

の十三陵を訪れた時,亡くなった皇帝の両側にお妃と第二夫人を侍ら

してあるのを見たが、その墓を作り上げた最後には中から自動的に

つっかえ棒が働き,外から開けることが出来ないように工夫されてい

たそうである。この二人の女性たちはどうせ皇帝と一緒に死ぬわけで

はないだろうから,因果を含められて一緒に埋められたのであろう

か。皇帝自身は死後の長い間二人にかしずかれていいとしても,何

か割り切れない感じである。

 
 西方浄土にしても,天にまします信じる神様の所に行ける昇天に

しても、死後の墓の作り方にしても,同じ死ぬにしても宗教はそれな

りに死後の明るい夢を与えてくれようとしているし,皇帝自身も死後

も何か夢のある立場を考えていたようである。逆に言えば,弱い立場

にある人間が死を恐れる気持ちを少しでも和らげる手段として昔か

らそれなりの工夫がなされていることでもあるわけである。先に行っ

て、向うで自分を待って待ちくたびれている人がいる、その人と復た

一緒になれる、そう考えれるだけでも有り難い一つの救いなのでは

ないだろうか。身内だけでなく親しかった人たちも含めて。そして今度

はこちらが後から来る人たちを待つであろうことを考えて。          
             

                             〈2004年3月20日)








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送